九月十日 晴 日 十月廿五日

日付: 1868-10-25

Diary Entry

九月十日晴 日十月廿五日

六時アレキサンドリヤ着船、直ニ旅装を整ひ、川蒸気船ニ而港口の波塘より御上陸、馬車を雇へ市街を行過、ホテル・アングレテイルといふ客舎御投宿、此夕六時汽車発軔、明朝六時スエイズ着之旨船将申聞る、第十時半午饌、十一時頃馬車ニ而市街御遊覧
アレキサンドルよりスイズ迄四十八里
海岸より諸方御一見、ボンベといふ石柱御一覧、二千年来の物とのよし夫より埃及王の花園御越、第二時過御帰館
一 拾七フランク      馬車代市中御見物用
一 百フランクアンリイ四日道中賄料被下
一 弐百六拾九フランク半アレキサンドル旅宿払
但御昼食御夜食ビエイル其外共払
一 弐拾フラク       小遣之者酒代被下
一 拾フラク        蒸気車中御入用
一 拾フラク        馬車代、但市中御見物用
一 弐百弐拾フラクスヱイズ旅宿御入用
小遣被下共
御昼食其外部屋小遣手当共
四時御夜餐
小遣アンリイは是より御暇被下、巴里江差帰す
五時客舎御発し、汽車場御越、馬車は御着御発共飛船会所より差出せし乗合馬車なり、市街はつれなる汽車場ニ而御乗車、第七時発軔、此夜車中御徹夜、翌暁第七時スヱイズ御着、ボテル・デ・アングレテイルといふ客舎御投館
昨夜御通行之道筋ニ而カイロといふ埃及都府ありしが、夜中なれば物色せしものなし、カエロ都辺は車の両辺の曠原に時々細木萎草抔見及しか、夫より原野空漠にして絶而草木なし、白沙茫々として眺望恰も□海《(渡カ)》のことし、稀にして人家の索落たるも、多く土もて築立て蜂窩燕巣に異ならす、土人は色黒く、白巾ニ而頭上を包み、僅に弊醜の単衣を纏ふのみ、駱駝驢馬多く、緬羊の皮の袋もて作たる物に水を盛てこれを駄す
仏国商社ニ而催せる地中海の堀割をスヱイズ御着の汽車中に見る、尤壮大のものなりといふ

凡例:人物場所日付時間