1868年8月26日
『渋沢栄一伝記資料』別巻第1, 第2より、該当日の日記および集会日時通知表を表示します。
1868-08-26
1868年8月26日
日記DKB01 渋沢栄一伝記資料. 別巻第1 日記 (慶応4年-大正3年) > DKB10001m 自 慶応四年六月十四日 至 明治元年十一月二日 1868
七月九日 晴 水 八月廿六日 朝 八時半 御発、馬車ニ而本地の近郊御遊覧、市街を去る半里計の小高き山上に二箇の点灯台あり、其火イレキテルニ而尤精巧を尽せし物といふ、入港の舟これを目標とし港口に入るといふ、其余臨時の奇変を一瞬目間に通する為なりといふ、近邨は総而小山多く、田野は美ならされとも能開墾せり、近邨一巡歴、夫より市中江御出、ホテル・デ・ビルの前を御通行ニ而御帰館、第 十一時 午餐、第 十二時半 再御発し、海軍器械の博覧会御越、御巡覧、兼而聞伝せしは、此博覧会は全海車及 舟船の器械而巳展観せし由なれとも、却而其器械は至而少しく、且新発明の品もなし、只日用虚飾の小器械のミ多く、有用と新奇と覚へし品は尤稀なり、器械の羅列せし中底《(庭カ)》に各処に植込抔を仕立、遊歩人の目を慰む、其中に一の海魚を生なから陳羅せり《(るカ)》処あり、御一覧後、博覧会場の側にある油画の陳羅せる処を御一覧、第 三時 御帰館、第 四時半 海水ニ而御水練御稽古被成
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午前八時半にご出発。馬車でこの地の近郊をご遊覧になった。市街を離れて半里ほどの小高い山上に二つの灯台があり、その灯火は電気によるもので、最も精巧を尽くしたものだという。入港する船はこれを目標として港口に入るという。また、臨時の異変を一瞬のうちに知らせるためのものでもあるという。
近村は総じて小山が多く、田野は美しいとはいえないが、よく開墾されている。近村を一巡され、それから市中へお出ましになり、ホテル・デ・ビルの前を通行してご帰館。午前十一時に午餐。
午後零時三十分に再びご出発し、海軍器械の博覧会へお越しになってご巡覧。以前に聞いていたところでは、この博覧会は海軍および船舶の器械のみを展示しているとのことであったが、かえってその器械はきわめて少なく、また新発明の品もなかった。ただ日用の虚飾的な小器械ばかりが多く、有用で新奇と思われる品は最もまれであった。器械を並べた中庭には、各所に植込みなどを設け、遊歩する人の目を慰めていた。その中に、海魚を生きたまま陳列している所があった。
ご一覧の後、博覧会場のそばにある油絵を陳列している所をご覧になり、午後三時にご帰館。午後四時半、海水で水練のご稽古をなさった。
この現代語訳は大規模言語モデルによる自動生成です。原文の解釈を保証するものではありません。
時刻
- 08:30:00
朝 八時半 御発、馬車ニ而本地の近郊御遊覧、市街を去る半里計の小高き山上に二箇の点灯台あり、其火イレキテルニ而尤精巧を尽せし物といふ、入港の舟これを目標とし港口に入るといふ、其余臨時の奇変を一瞬目間に通する為なりといふ、近邨は総而小山多く、田野は美ならされとも能開墾せり、近邨一巡歴、夫より市中江御出、ホテル・デ・ビルの前を御通行ニ而御帰館、第
- 11:00:00
十一時 午餐、第
- 12:30:00
十二時半 再御発し、海軍器械の博覧会御越、御巡覧、兼而聞伝せしは、此博覧会は全海車及 舟船の器械而巳展観せし由なれとも、却而其器械は至而少しく、且新発明の品もなし、只日用虚飾の小器械のミ多く、有用と新奇と覚へし品は尤稀なり、器械の羅列せし中底《(庭カ)》に各処に植込抔を仕立、遊歩人の目を慰む、其中に一の海魚を生なから陳羅せり《(るカ)》処あり、御一覧後、博覧会場の側にある油画の陳羅せる処を御一覧、第
- 15:00:00
三時 御帰館、第
- 16:30:00
四時半 海水ニ而御水練御稽古被成